史料の知識グラフ・部隊・軍
ソ連軍
史料に「こう書いてある」ことの記録で、事実としての正しさを主張するものではない。関係には、根拠の種類と、1つの史料だけの主張か裏づけがあるかを付けている。
| 時代 | ?〜1991-12-26 |
|---|---|
| ほかの表記 | 旧ソ連軍、ソビエト軍、ソヴィエト軍、Soviet Army、赤軍、Red Army |
| 同定の根拠 | 辞書で同定 |
| 言及 | 20 件(11 件の資料) |
1946年までの正式な名称は労農赤軍。資料ではまとめて「ソ連軍」と書かれることが多い。
関係
| 関係 | 相手 | 期間 | 根拠 |
|---|---|---|---|
| 駐屯地 | シベリア | 1つの史料の主張・同時代の一次史料(出どころ 1) | |
| 存続した時代 | {"from":null,"to":"1991-12-26","period_confidence":"exact"} | 〜1991-12-26 | 辞書による参考情報・編纂物(出どころ 0) |
| 駐屯地 | ソビエト連邦(ソ連) | 1つの史料の主張・同時代の一次史料(出どころ 1) |
言及している史料の箇所
- 第104回国会 衆議院 予算委員会 第10号 発言109(川崎寛治委員)
「す。しかも、ほったらかされるだけではなくて、ソ連軍、このソ連軍はヤルタ協定で入ってくるわけです」 - 第104回国会 衆議院 予算委員会 第10号 発言109(川崎寛治委員)
「ほったらかされるだけではなくて、ソ連軍、このソ連軍はヤルタ協定で入ってくるわけですから、北方領」 - 第104回国会 衆議院 予算委員会 第10号 発言109(川崎寛治委員)
「も全部絡んでくるわけでありますけれども、このソ連軍が追ってくるやつを断ち切るために橋を壊してい」 - 政策レポート 中国残留邦人等に対する「新たな支援策」について
「の日本人が居住していましたが、同年8月9日のソ連軍の対日参戦により、戦闘に巻き込まれたり、避難」 - 政策レポート 中国残留邦人等に対する「新たな支援策」について
「せることとしましたが、昭和20年8月23日、ソ連軍によりこうした緊急疎開が停止されました。」 - 日本政府が派遣した「満蒙開拓団」に関する質問主意書(質問第六四号)
「一九四五年八月九日のソ連軍参戦、同年八月一五日の日本軍敗戦によって、満」 - ロシア連邦政府等から提供された抑留者に関する資料について(資料の一覧や死亡者名簿が閲覧できます)
「昭和20年8月9日以来の旧ソ連軍の侵攻により、旧日本軍人等が旧ソ連またはモン」 - ロシア連邦政府等から提供された資料について
「これらアンケートは、ソ連軍の担当官が日本人から聞き取って記入したものと」 - 衆議院 総務委員会 第8号(2006-12-07)発言41(寺内良雄)
「今の問題につきましては、一九四五年八月九日にソ連軍が侵攻してまいりました。しかも、中立条約を無」 - 衆議院 総務委員会 第8号(2006-12-07)発言41(寺内良雄)
「けでございます。一斉にみずから武装解除をしてソ連軍の軍門に下る、こういうことでございまして、屈」 - 衆議院 総務委員会 第8号(2006-12-07)発言41(寺内良雄)
「その中間地点に集結した部隊をそのままそっくりソ連軍は使役に使い、同時に、その延長線上でシベリア」 - 衆議院 総務委員会 第8号(2006-12-07)発言41(寺内良雄)
「したがいまして、当時は粛々と武装解除を行い、ソ連軍の軍門に下った、そういう状況下にありながら、」
ほか 8 件。