史料の知識グラフ・組織
満洲開拓青年義勇隊訓練本部
史料に「こう書いてある」ことの記録で、事実としての正しさを主張するものではない。関係には、根拠の種類と、1つの史料だけの主張か裏づけがあるかを付けている。
| 時代 | 1940〜1945-08(日付は目安) |
|---|---|
| ほかの表記 | 義勇隊訓練本部 |
| 同定の根拠 | 辞書で同定 |
| 言及 | 4 件(2 件の資料) |
満洲側の義勇隊訓練本部(官制は昭和十五年)。
関係
| 関係 | 相手 | 期間 | 根拠 |
|---|---|---|---|
| 存続した時代 | {"from":"1940","to":"1945-08","period_confidence":"approx"} | 1940〜1945-08 | 辞書による参考情報・編纂物(出どころ 0) |
| 所属(逆向き) | 近藤安雄 | 1955〜1955 | 1つの史料の主張・同時代の一次史料(出どころ 1) 発言者の肩書の記載(その時点の所属) |
言及している史料の箇所
- 第22回国会 衆議院 海外同胞引揚及び遺家族援護に関する調査特別委員会 第5号 発言56(近藤安雄参考人)
「発言者: 近藤安雄(元満州開拓青年義勇隊訓練本部総務部長)」 - 満洲開拓民概要(開拓資料 第2輯)(コマ7)
「て、昭和十五年には開拓團法、開拓協同組合法、滿洲開拓靑年義勇隊訓練本部官制其の他が- -制定せられ、本年六月には滿」 - 満洲開拓民概要(開拓資料 第2輯)(コマ27)
「地訓練所は次に揭ぐる如く合計八十二箇所あり、滿洲開拓靑年義勇隊訓練本部に於て一切之が指導統轄の任に當つてゐる。尙滿」 - 満洲開拓民概要(開拓資料 第2輯)(コマ27)
「部に於て一切之が指導統轄の任に當つてゐる。尙滿洲開拓靑年義勇隊訓練本部は日滿の協力合作機關であつて、新京に置かれて」