史料の知識グラフ・組織
厚生省
史料に「こう書いてある」ことの記録で、事実としての正しさを主張するものではない。関係には、根拠の種類と、1つの史料だけの主張か裏づけがあるかを付けている。
| 時代 | 1938-01-11〜2001-01-06 |
|---|---|
| ほかの表記 | Ministry of Health and Welfare |
| 同定の根拠 | 辞書で同定 |
| 言及 | 365 件(233 件の資料) |
2001年1月6日の中央省庁再編で労働省と統合され、厚生労働省になった。引揚げ・援護の事務も引き継がれた。
関係
| 関係 | 相手 | 期間 | 根拠 |
|---|---|---|---|
| 存続した時代 | {"from":"1938-01-11","to":"2001-01-06","period_confidence":"exact"} | 1938-01-11〜2001-01-06 | 辞書による参考情報・編纂物(出どころ 0) |
| 所属(逆向き) | 岸本正裕 | 1991〜1991 | 1つの史料の主張・同時代の一次史料(出どころ 1) 発言者の肩書の記載(その時点の所属) |
| 所属(逆向き) | 村瀬松雄 | 1992〜1992 | 1つの史料の主張・同時代の一次史料(出どころ 1) 発言者の肩書の記載(その時点の所属) |
| 改称・後継 | 厚生労働省 | 〜2001-01-06 | 辞書による参考情報・編纂物(出どころ 0) |
| 所属(逆向き) | 佐野利昭 | 1995〜1995 | 1つの史料の主張・同時代の一次史料(出どころ 1) 発言者の肩書の記載(その時点の所属) |
| 所属(逆向き) | 持永和見 | 1981〜1981 | 1つの史料の主張・同時代の一次史料(出どころ 1) 発言者の肩書の記載(その時点の所属) |
言及している史料の箇所
- 第80回国会 衆議院 社会労働委員会 第8号 発言9(川本敏美委員)・37(田口一男委員)
「そこで、この点について、厚生省は十四年十二月からさらに十二年十一月三十日ま」 - 第104回国会 衆議院 予算委員会 第10号 発言109(川崎寛治委員)
「とられております労働省あるいは文部省あるいは厚生省、それぞれいたしております施策というのはこの」 - 第132回国会 参議院 厚生委員会 第4号 発言57(佐野利昭政府委員)
「発言者: 佐野利昭(厚生省社会・援護局長)」 - 引揚者在外事実調査票 三江省開拓団 長野 1/2
「作成者: 厚生省引揚援護局未帰還調査部」 - 衆議院 内閣委員会 第2号(1981-03-26)渡部行雄委員・持永和見 厚生省援護局長
「85 / 発言者: 持永和見 / 肩書: 厚生省援護局長 / https://kokkai.」 - 衆議院 内閣委員会 第2号(1981-03-26)渡部行雄委員・持永和見 厚生省援護局長
「87 / 発言者: 持永和見 / 肩書: 厚生省援護局長 / https://kokkai.」 - 参議院 社会労働委員会 第9号(1991-04-23)高桑栄松委員・岸本正裕 厚生省援護局長
「ますが、どの辺が一番信頼に足る数字であるか、厚生省教えてください。」 - 参議院 社会労働委員会 第9号(1991-04-23)高桑栄松委員・岸本正裕 厚生省援護局長
「172 / 発言者: 岸本正裕 / 肩書: 厚生省援護局長 / https://kokkai.」 - 参議院 社会労働委員会 第9号(1991-04-23)高桑栄松委員・岸本正裕 厚生省援護局長
「○政府委員(岸本正裕君) 私ども厚生省が把握しております数字は、一つはソ連に抑留さ」 - 参議院 社会労働委員会 第9号(1991-04-23)高桑栄松委員・岸本正裕 厚生省援護局長
「とは申し上げられないんでございますけれども、厚生省といたしましては、このようにして推計をした数」 - 衆議院 予算委員会第二分科会 第2号(1992-03-12)村瀬松雄 厚生省援護局業務第一課長
「204 / 発言者: 村瀬松雄 / 肩書: 厚生省援護局業務第一課長 / https://ko」 - 戦没者の遺骨収集事業の取組状況について(令和8年度第1回有識者会議 資料1)(p.9)
「和47年の沖縄返還に伴い遺骨収集は総理府から厚生 省に移管され、これまでに52,091柱の遺骨を」
ほか 353 件。