史料の知識グラフ・地名
千島(千島列島)
史料に「こう書いてある」ことの記録で、事実としての正しさを主張するものではない。関係には、根拠の種類と、1つの史料だけの主張か裏づけがあるかを付けている。
| 時代 | 1875-05-07〜1945-08-28(日付は目安) |
|---|---|
| ほかの表記 | 千島、千島列島、北千島、南千島 |
| 現行の対応 | 千島列島(北方四島を含む) |
| 同定の根拠 | 辞書で同定 |
| 言及 | 23 件(12 件の資料) |
関係
| 関係 | 相手 | 期間 | 根拠 |
|---|---|---|---|
| 事件の場所(逆向き) | 引揚げ(海外からの日本人の帰国) | 1つの史料の主張・同時代の一次史料(出どころ 1) | |
| 存続した時代 | {"from":"1875-05-07","to":"1945-08-28","period_confidence":"approx"} | 1875-05-07〜1945-08-28 | 辞書による参考情報・編纂物(出どころ 0) |
| 事件の場所(逆向き) | ノモンハン事件 | 1つの史料の主張・編纂物(出どころ 1) | |
| 事件の場所(逆向き) | ソ連対日参戦 | 辞書による参考情報・編纂物(出どころ 0) |
言及している史料の箇所
- 政策レポート 中国残留邦人等に対する「新たな支援策」について
「日ソ開戦時、樺太(千島を含む)には約38万人の一般邦人、また、約1」 - 参議院 総務委員会 第11号(2006-12-14)有光健参考人・荒井和夫 厚生労働大臣官房審議官
「千七百人、北朝鮮地域から約六万六千人、樺太・千島地域から約六万七千三百人というふうに推計して」 - 戦没者の遺骨収集事業の取組状況について(令和8年度第1回有識者会議 資料1)(p.4)
「樺太、千島含む」 - 戦没者の遺骨収集事業の取組状況について(令和8年度第1回有識者会議 資料1)(p.5)
「66 66 37 10 千島・樺太・アリューシャン 遺骨数」 - 戦没者の遺骨収集事業の取組状況について(令和8年度第1回有識者会議 資料1)(p.7)
「樺太・千島(北樺太を除く) 4 2 7」 - 戦没者の遺骨収集事業の取組状況について(令和8年度第1回有識者会議 資料1)(p.19)
「樺太・千島」 - 戦没者の遺骨収集事業の取組状況について(令和8年度第1回有識者会議 資料1)(p.24)
「諸島 シャル 土 千島 ネオ ル トラリ」 - 戦没者の遺骨収集事業の取組状況について(令和8年度第1回有識者会議 資料1)(p.29)
「ア5班、ビスマーク・ソロモン諸島5班、樺太・千島(北樺太を除く)1班、」 - 戦没者の遺骨収集事業の取組状況について(令和8年度第1回有識者会議 資料1)(p.31)
「樺太・千島 ※情勢等を注視しつつ実施が 令和8年」 - 戦没者の遺骨収集事業の取組状況について(令和8年度第1回有識者会議 資料1)(p.32)
「ア6班、ビスマーク・ソロモン諸島2班、樺太・千島(北」 - 戦没者の遺骨収集事業の取組状況について(令和8年度第1回有識者会議 資料1)(p.33)
「樺太・千島 ビル島」 - 戦没者の遺骨収集事業の取組状況について(令和8年度第1回有識者会議 資料1)(p.37)
「樺太・千島(北樺 1 8」
ほか 11 件。