史料の知識グラフ・出来事
日中戦争(支那事変)
史料に「こう書いてある」ことの記録で、事実としての正しさを主張するものではない。関係には、根拠の種類と、1つの史料だけの主張か裏づけがあるかを付けている。
| 時代 | 1937-07-07〜1945-08-15 |
|---|---|
| ほかの表記 | 日中戦争、支那事変、日華事変、China Incident |
| 同定の根拠 | 辞書で同定 |
| 言及 | 9 件(5 件の資料) |
「支那事変」は当時の公式の呼称。
関係
| 関係 | 相手 | 期間 | 根拠 |
|---|---|---|---|
| 関係する資料 | kokkai:121005007X00320221102_004 | 1つの史料の主張・後年の証言(出どころ 1) 資料がこの事件・政策に言及している(資料の記述の正しさは主張しない) | |
| 事件の場所 | 満洲(中国東北部) | 1つの史料の主張・後年の証言(出どころ 1) | |
| 関係する資料 | article-sources:manmo-kaitaku/ndl-1441990-gaikyo1940 | 1つの史料の主張・同時代の一次史料(出どころ 1) 資料がこの事件・政策に言及している(資料の記述の正しさは主張しない) | |
| 関係する資料 | article-sources:manmo-kaitaku/ndl-1437010-gaiyo1941 | 1つの史料の主張・同時代の一次史料(出どころ 1) 資料がこの事件・政策に言及している(資料の記述の正しさは主張しない) | |
| 関係する資料 | article-sources:manmo-kaitaku/kokkai-1956-0208-yoshizaki | 1つの史料の主張・後年の証言(出どころ 1) 資料がこの事件・政策に言及している(資料の記述の正しさは主張しない) | |
| 事件の場所 | 満洲国 | 独立した複数の出どころ・同時代の一次史料(出どころ 3) | |
| 関係する資料 | article-sources:manmo-kaitaku/kokkai-1977-0408-kawamoto | 1つの史料の主張・後年の証言(出どころ 1) 資料がこの事件・政策に言及している(資料の記述の正しさは主張しない) |
言及している史料の箇所
- 第24回国会 衆議院 海外同胞引揚及び遺家族援護に関する調査特別委員会 第3号 発言4(吉崎千秋参考人)
「根本をなしておったのでございます。ところが、支那事変が始まりまして、昭和十四年に、満州開拓政策基」 - 第80回国会 衆議院 社会労働委員会 第8号 発言9(川本敏美委員)・37(田口一男委員)
「係を益々強化することは緊要であり、而も今次の支那事変の勃発に依り満州国に於ける鉄道の守備、在満邦」 - 満洲開拓民概要(開拓資料 第2輯)(コマ7)
「着々と進展して來たが、滿洲國の急速なる發展と支那事變勃發後の東亞の新事態に卽應するためには從來の」 - 満洲開拓民概要(開拓資料 第2輯)(コマ23)
「社の調査に依る第六節大陸歸農開拓民ー34 -支那事變以來、時局の進展につれて幾多の變化を受けた我」 - 満洲開拓民概要(開拓資料 第2輯)(コマ25)
「として採り上げられ着々として進捗して來たが、支那事變の發展、國際情勢の變轉は日滿兩國の一體化を愈」 - 満洲開拓民概要(開拓資料 第2輯)(コマ32)
「拓地における保健指導員の恒久的自給の必要竝に支那事變の長期化に伴ふ醫師不足の現況に鑑み、其の充足」 - 満洲開拓農民の概況(満洲開拓叢書 第2輯)(コマ6)
「らるゝに至るのである。殊に昭和十二年七月七日支那事變勃發し、聖戰既に四年、東亞新秩序建設の爲擧國」 - 満洲開拓農民の概況(満洲開拓叢書 第2輯)(コマ7)
「に進めて行く毅然たる態度を必要とする。然るに支那事變の擴大に依り忠勇なる將士多數出征し、又一面軍」 - 衆議院 農林水産委員会 第3号(2022-11-02)発言4(泉田裕彦)
「その後、競馬は、日中戦争が勃発するとともに娯楽から少しずつ変質をして」