史料の知識グラフ・地名
哈爾浜(ハルビン)
史料に「こう書いてある」ことの記録で、事実としての正しさを主張するものではない。関係には、根拠の種類と、1つの史料だけの主張か裏づけがあるかを付けている。
| ほかの表記 | 哈爾浜、ハルビン、ハルピン、Harbin |
|---|---|
| 現行の対応 | ハルビン市 |
| 同定の根拠 | 辞書で同定 |
| 言及 | 15 件(6 件の資料) |
関係
| 関係 | 相手 | 期間 | 根拠 |
|---|---|---|---|
| 事件の場所(逆向き) | 満洲事変 | 1つの史料の主張・同時代の一次史料(出どころ 1) | |
| 事件の場所(逆向き) | 満蒙開拓(満洲への農業移民) | 独立した複数の出どころ・同時代の一次史料(出どころ 2) | |
| 事件の場所(逆向き) | 引揚げ(海外からの日本人の帰国) | 1つの史料の主張・同時代の一次史料(出どころ 1) |
言及している史料の箇所
- 第22回国会 衆議院 海外同胞引揚及び遺家族援護に関する調査特別委員会 第5号 発言56(近藤安雄参考人)
「言いにくい結果、大部分の者が名のわかっているハルピンでありますとか吉林でありますとかいうようなと」 - 第22回国会 衆議院 海外同胞引揚及び遺家族援護に関する調査特別委員会 第5号 発言56(近藤安雄参考人)
「べによると、吉林では戦闘がなかった、あるいはハルピンでは戦闘がなかったと言う。実際問題といたしま」 - 第24回国会 衆議院 海外同胞引揚及び遺家族援護に関する調査特別委員会 第5号 発言20(中山マサ委員)・21(山下春江…
「ようやく戦闘から生き延び得ました開拓民が、ハルピンだとか、あるいは新京だとか、奉天などの大集結」 - 満洲開拓民概要(開拓資料 第2輯)(コマ28)
「能を考慮した班を編成して學科を〓授-44-尙哈爾濱には宏壯な義勇隊中央病院が設けられてゐるが、」 - 満洲開拓民概要(開拓資料 第2輯)(コマ31)
「て訓練期間は約九箇月、但し警現地訓練は滿洲國哈爾濱市開拓指導員訓練所に於て行ひ、るにある。訓練」 - 満洲開拓民概要(開拓資料 第2輯)(コマ31)
「訓練所に於て訓練を實施せる後渡滿せしめ、更に哈爾濱市開拓指導員訓練所に於て訓練を施す。其の訓練」 - 満洲開拓民概要(開拓資料 第2輯)(コマ32)
「和十五年度より佳木斯に醫科大學、又齊々哈爾、哈爾濱、龍井の三箇所には開拓醫院が夫々開設せられ、」 - 満洲開拓民概要(開拓資料 第2輯)(コマ32)
「努めてゐる。又各訓練所における衞生施設の外、哈爾濱に中央醫院を特設し現地の及ばざる點を補つてゐ」 - 満洲農業移民の現況(コマ18)
「練本隊は渡滿後直ちに移住地に入るが、先遣隊はハルピンの現地訓練所又は、既設の移民團で訓練を經た上」 - 満洲農業移民の現況(コマ21)
「占據せられ住民の大部分は佳木斯、三姓或は遠く哈爾濱邊りまで難を避けて殆ど荒廢に瀕して居た。昭和」 - 満洲農業移民の現況(コマ21)
「植當初は夏は松花江の舟運により冬期は自動車で哈爾濱と交通する以外に方法なく、又移住地から佳木斯」 - 満洲農業移民の現況(コマ22)
「きものがあらう。(三)第三次綏校地區本地區は哈爾濱の北方濱北線克音河驛の東南約六里にある綏稜縣」
ほか 3 件。