史料の知識グラフ・出来事
満洲事変
史料に「こう書いてある」ことの記録で、事実としての正しさを主張するものではない。関係には、根拠の種類と、1つの史料だけの主張か裏づけがあるかを付けている。
| 時代 | 1931-09-18〜1933-05-31 |
|---|---|
| ほかの表記 | 九一八事変 |
| 同定の根拠 | 辞書で同定 |
| 言及 | 6 件(5 件の資料) |
終わりの日付は塘沽停戦協定の日。
関係
| 関係 | 相手 | 期間 | 根拠 |
|---|---|---|---|
| 事件の場所 | 哈爾浜(ハルビン) | 1つの史料の主張・同時代の一次史料(出どころ 1) | |
| 関係する資料 | article-sources:manmo-kaitaku/ndl-1437010-gaiyo1941 | 1つの史料の主張・編纂物(出どころ 1) 資料がこの事件・政策に言及している(資料の記述の正しさは主張しない) | |
| 関係する資料 | article-sources:manmo-kaitaku/ndl-1441969-genkyo1937 | 1つの史料の主張・編纂物(出どころ 1) 資料がこの事件・政策に言及している(資料の記述の正しさは主張しない) | |
| 関係する資料 | article-sources:manmo-kaitaku/ndl-1441990-gaikyo1940 | 1つの史料の主張・編纂物(出どころ 1) 資料がこの事件・政策に言及している(資料の記述の正しさは主張しない) | |
| 事件の場所 | 佳木斯(ジャムス) | 1つの史料の主張・同時代の一次史料(出どころ 1) | |
| 関係する資料 | article-sources:manmo-kaitaku/kokkai-1956-0208-yoshizaki | 1つの史料の主張・後年の証言(出どころ 1) 資料がこの事件・政策に言及している(資料の記述の正しさは主張しない) | |
| 事件の場所 | 奉天(現・瀋陽) | 辞書による参考情報・編纂物(出どころ 0) | |
| 事件の場所 | 満洲(中国東北部) | 辞書による参考情報・編纂物(出どころ 0) | |
| 関係する資料 | article-sources:manmo-kaitaku/kokkai-1986-0217-kawasaki | 1つの史料の主張・後年の証言(出どころ 1) 資料がこの事件・政策に言及している(資料の記述の正しさは主張しない) | |
| 事件の場所 | 満洲(中国東北部) | 独立した複数の出どころ・同時代の一次史料(出どころ 4) |
言及している史料の箇所
- 第24回国会 衆議院 海外同胞引揚及び遺家族援護に関する調査特別委員会 第3号 発言4(吉崎千秋参考人)
「ね考えておりましたところ、たまたまそのときに満州事変がございまして、満州といろ北の窓があいたので」 - 第104回国会 衆議院 予算委員会 第10号 発言109(川崎寛治委員)
「したこの予算は、昭和七年というのは、昭和六年満州事変、昭和七年五・一五事件、そして八月の三十日、」 - 満洲開拓民概要(開拓資料 第2輯)(コマ5)
「らなかつた。三滿洲開拓民送出計畫の樹立然るに滿洲事變後諸般の情勢が一變し、邦人の滿洲移住は對滿國」 - 満洲農業移民の現況(コマ6)
「〓三九四五四八の九滿洲農業移民の現況一、總說滿洲事變を契機として滿洲に對する國民の關心は異常の緊」 - 満洲農業移民の現況(コマ21)
「出される木材と砂金掘りで生計を樹てゝ居たが、滿洲事變後一時匪賊に占據せられ住民の大部分は佳木斯、」 - 満洲開拓農民の概況(満洲開拓叢書 第2輯)(コマ7)
「二滿洲開拓民送出計畫の〓要(+)試驗移民時代滿洲事變直後に於いて國民の滿洲移住熱は燎原の火勢にも」