史料の知識グラフ・地名
佳木斯(ジャムス)
史料に「こう書いてある」ことの記録で、事実としての正しさを主張するものではない。関係には、根拠の種類と、1つの史料だけの主張か裏づけがあるかを付けている。
| ほかの表記 | 佳木斯、ジャムス、チャムス |
|---|---|
| 現行の対応 | 佳木斯市 |
| 同定の根拠 | 辞書で同定 |
| 言及 | 9 件(3 件の資料) |
満洲国の三江省の省都。弥栄・千振など初期の開拓団の入植地に近い。
関係
| 関係 | 相手 | 期間 | 根拠 |
|---|---|---|---|
| 事件の場所(逆向き) | 満蒙開拓(満洲への農業移民) | 独立した複数の出どころ・同時代の一次史料(出どころ 2) | |
| 事件の場所(逆向き) | 満洲事変 | 1つの史料の主張・同時代の一次史料(出どころ 1) |
言及している史料の箇所
- 第24回国会 衆議院 海外同胞引揚及び遺家族援護に関する調査特別委員会 第3号 発言4(吉崎千秋参考人)
「した。そのときには、第二回の千振の団長として佳木斯の奥に入植をいたしておりました。そこで終戦に」 - 第24回国会 衆議院 海外同胞引揚及び遺家族援護に関する調査特別委員会 第3号 発言4(吉崎千秋参考人)
「募集をいたしまして、昭和七年の十一月に北満の佳木斯というところに入れたのでございます。入植をし」 - 第24回国会 衆議院 海外同胞引揚及び遺家族援護に関する調査特別委員会 第3号 発言4(吉崎千秋参考人)
「たちと一緒に、さらに六里ばかり奥の、ちょうど佳木斯かも二十六里ばかり歩いて入るのでございますが」 - 第24回国会 衆議院 海外同胞引揚及び遺家族援護に関する調査特別委員会 第3号 発言4(吉崎千秋参考人)
「した。そのときには私の開拓団だけではなくて、佳木斯の省公署でありますとか、そういう市民を七千名」 - 満洲開拓民概要(開拓資料 第2輯)(コマ32)
「健指導員の自給を目的として、昭和十五年度より佳木斯に醫科大學、又齊々哈爾、哈爾濱、龍井の三箇所」 - 満洲農業移民の現況(コマ20)
「こゝとする。(一)第一次永豐鎭地區松花江下流佳木斯の町の南方十四里に位し東、南及北の三方に丘陵」 - 満洲農業移民の現況(コマ21)
「滿洲事變後一時匪賊に占據せられ住民の大部分は佳木斯、三姓或は遠く哈爾濱邊りまで難を避けて殆ど荒」 - 満洲農業移民の現況(コマ21)
「哈爾濱と交通する以外に方法なく、又移住地から佳木斯市街へ往復するにも一旦降雨があると道路は全く」 - 満洲農業移民の現況(コマ22)
「ことである。位置は三江省依蘭の東方約廿邦里、佳木斯の東南二十二邦里の地點にあつて、松花江の支流」