史料の知識グラフ・部隊・軍
関東軍
史料に「こう書いてある」ことの記録で、事実としての正しさを主張するものではない。関係には、根拠の種類と、1つの史料だけの主張か裏づけがあるかを付けている。
| 時代 | 1919-04-12〜1945-08 |
|---|---|
| ほかの表記 | Kwantung Army、関東軍司令部、関東軍総司令部 |
| 同定の根拠 | 辞書で同定 |
| 言及 | 24 件(7 件の資料) |
関係
| 関係 | 相手 | 期間 | 根拠 |
|---|---|---|---|
| 駐屯地 | 満洲(中国東北部) | 1つの史料の主張・後年の証言(出どころ 1) | |
| 駐屯地 | 三江省(満洲国) | 1つの史料の主張・同時代の一次史料(出どころ 1) | |
| 駐屯地 | 新京(現・長春) | 1932-08〜1945-08 | 辞書による参考情報・編纂物(出どころ 0) 司令部は新京に移った(1932年) |
| 駐屯地 | ソビエト連邦(ソ連) | 1つの史料の主張・同時代の一次史料(出どころ 1) | |
| 存続した時代 | {"from":"1919-04-12","to":"1945-08","period_confidence":"exact"} | 1919-04-12〜1945-08 | 辞書による参考情報・編纂物(出どころ 0) |
| 駐屯地 | 間島省(満洲国) | 1つの史料の主張・同時代の一次史料(出どころ 1) | |
| 駐屯地 | 興安北省(満洲国) | 1つの史料の主張・同時代の一次史料(出どころ 1) | |
| 駐屯地 | 旅順 | 1919-04-12〜1932-08 | 辞書による参考情報・編纂物(出どころ 0) 関東軍司令部は旅順に置かれた |
| 駐屯地 | 東安省(満洲国) | 1つの史料の主張・同時代の一次史料(出どころ 1) | |
| 駐屯地 | 牡丹江省(満洲国) | 1つの史料の主張・同時代の一次史料(出どころ 1) | |
| 駐屯地 | シベリア | 1つの史料の主張・同時代の一次史料(出どころ 1) |
言及している史料の箇所
- 第22回国会 衆議院 海外同胞引揚及び遺家族援護に関する調査特別委員会 第5号 発言56(近藤安雄参考人)
「た。各中隊には教練指導員が配属をされまして、関東軍の訓練計画、教育計画の監督のもとに、現地にお」 - 第22回国会 衆議院 海外同胞引揚及び遺家族援護に関する調査特別委員会 第5号 発言56(近藤安雄参考人)
「した。私は訓練本部の職を勤めておりましたが、関東軍から呼び出しがございまして、義勇隊が現在何万」 - 第22回国会 衆議院 海外同胞引揚及び遺家族援護に関する調査特別委員会 第5号 発言56(近藤安雄参考人)
「東亜戦争が始まりましたとき、いわゆる関特演、関東軍特別大演習で満州の官民の大戦時編成が行われた」 - 第24回国会 衆議院 海外同胞引揚及び遺家族援護に関する調査特別委員会 第3号 発言4(吉崎千秋参考人)
「防移民でございまして、北辺鎮護ということと、関東軍の背後を守る防衛の拠点を作る兵站基地を確立す」 - 第24回国会 衆議院 海外同胞引揚及び遺家族援護に関する調査特別委員会 第3号 発言4(吉崎千秋参考人)
「か、間島省、牡丹江省、黒河省、こういうふうな関東軍の北辺の防衛拠点に集中して開拓団は配置された」 - 第24回国会 衆議院 海外同胞引揚及び遺家族援護に関する調査特別委員会 第3号 発言4(吉崎千秋参考人)
「中して開拓団は配置されたのであります。いっか関東軍の参謀が申しておりましたが、北満に日本の開拓」 - 第24回国会 衆議院 海外同胞引揚及び遺家族援護に関する調査特別委員会 第3号 発言4(吉崎千秋参考人)
「自由な経済活動によって行われたのではなくて、関東軍に対する食糧の兵站基地としての役割をまず果さ」 - 第24回国会 衆議院 海外同胞引揚及び遺家族援護に関する調査特別委員会 第3号 発言4(吉崎千秋参考人)
「。しかし、作るものは、国家に必要な食糧、特に関東軍に必要な食糧を作らなければなりません。野菜と」 - 第24回国会 衆議院 海外同胞引揚及び遺家族援護に関する調査特別委員会 第3号 発言4(吉崎千秋参考人)
「拓者が作っておりましたことと、また残念ながら関東軍の根こそぎ動員によって、団長以下ほとんどの団」 - 第24回国会 衆議院 海外同胞引揚及び遺家族援護に関する調査特別委員会 第3号 発言4(吉崎千秋参考人)
「拓者を入れて、しかもそれを守らなければならぬ関東軍が、まつ先に逃げたということでございまして、」 - 第24回国会 衆議院 海外同胞引揚及び遺家族援護に関する調査特別委員会 第3号 発言4(吉崎千秋参考人)
「ったわけでありますが、そのときには、ちゃんと関東軍にはわかっておったと私は思うのであります。し」 - 第24回国会 衆議院 海外同胞引揚及び遺家族援護に関する調査特別委員会 第3号 発言4(吉崎千秋参考人)
「おったと私は思うのであります。しかも無警告に関東軍は退却をして参りました。残った者は女、子供だ」
ほか 12 件。