史料の知識グラフ・地名
新京(現・長春)
史料に「こう書いてある」ことの記録で、事実としての正しさを主張するものではない。関係には、根拠の種類と、1つの史料だけの主張か裏づけがあるかを付けている。
| 時代 | 1932-03-01〜1945-08-18(日付は目安) |
|---|---|
| ほかの表記 | 新京、新京特別市、長春、Hsinking |
| 現行の対応 | 長春市 |
| 同定の根拠 | 辞書で同定 |
| 言及 | 11 件(6 件の資料) |
満洲国の首都。「新京」という名は満洲国の期間だけ。同じ都市の以前・以後の名は「長春」。
関係
| 関係 | 相手 | 期間 | 根拠 |
|---|---|---|---|
| 上位の組織 | 満洲国 | 辞書による参考情報・編纂物(出どころ 0) | |
| 存続した時代 | {"from":"1932-03-01","to":"1945-08-18","period_confidence":"approx"} | 1932-03-01〜1945-08-18 | 辞書による参考情報・編纂物(出どころ 0) |
| 事件の場所(逆向き) | 満蒙開拓(満洲への農業移民) | 独立した複数の出どころ・同時代の一次史料(出どころ 2) | |
| 事件の場所(逆向き) | 引揚げ(海外からの日本人の帰国) | 1つの史料の主張・同時代の一次史料(出どころ 1) | |
| 駐屯地(逆向き) | 関東軍 | 1932-08〜1945-08 | 辞書による参考情報・編纂物(出どころ 0) 司令部は新京に移った(1932年) |
| 事件の場所(逆向き) | 満洲国建国 | 辞書による参考情報・編纂物(出どころ 0) |
言及している史料の箇所
- 第24回国会 衆議院 海外同胞引揚及び遺家族援護に関する調査特別委員会 第5号 発言20(中山マサ委員)・21(山下春江…
「び得ました開拓民が、ハルピンだとか、あるいは新京だとか、奉天などの大集結地に集まった後に、特」 - 満洲開拓民概要(開拓資料 第2輯)(コマ21)
「林奉天三江錦州濱江安東東安通化興安東龍江北安新京市省別計團數三一七二三四一〇五四二六ーー六一」 - 満洲開拓民概要(開拓資料 第2輯)(コマ22)
「江七一·二八五二〇、二四六一、五七四·七他市新京粱二合考-〇一計一二、九一三一、三〇八·九粟」 - 満洲開拓民概要(開拓資料 第2輯)(コマ27)
「義勇隊訓練本部は日滿の協力合作機關であつて、新京に置かれてある。訓練本部經營滿洲開拓靑年義勇」 - 満洲開拓民概要(開拓資料 第2輯)(コマ36)
「が開拓民の移住助成並に移住地確保の目的を以て新京に設立せられ、初めは滿洲拓植株式會と稱したが」 - 満洲開拓第二期五箇年計画実行目標(コマ31)
「法人トスルモノトス。(三)開拓保健團ハ本部ヲ新京ニ置キ必要ナル省ニ支部ヲ置クモノトス。(四)」 - 満洲農業移民の現況(コマ4)
「ルアンロハ通三·四省時子安五製作專安洮南間通新京南安慧省郭家电省平朝遼西上省錦天省安勢式州南」 - 満洲開拓農民の概況(満洲開拓叢書 第2輯)(コマ12)
「〓況植大體第二松花江と遼河との分水嶺地方即ち新京と公主嶺との中間地北滿と南滿とは劃補滿洲國內」 - 満洲開拓農民の概況(満洲開拓叢書 第2輯)(コマ18)
「連は二〇七日であるが同緯度の秋田は一七八日、新京は一四五日なるに、旭川は一二七日である。第一」 - 満洲開拓農民の概況(満洲開拓叢書 第2輯)(コマ26)
「我開拓農民の移住助成並移住地確保の目的を以て新京に設立せられ、(一)移住用地の取得、管理及分」 - 衆議院 予算委員会 第12号(2007-02-20)発言61(中井洽)
「環境を打ち破るために行かれた。まだ私のように新京におった者はよかったんです。大連、奉天、まだ」