史料の知識グラフ・地名
三江省(満洲国)
史料に「こう書いてある」ことの記録で、事実としての正しさを主張するものではない。関係には、根拠の種類と、1つの史料だけの主張か裏づけがあるかを付けている。
| 時代 | 1934-12-01〜1945-08-18(日付は目安) |
|---|---|
| ほかの表記 | 三江省 |
| 現行の対応 | 黒竜江省東部(佳木斯市・鶴崗市・双鴨山市の一帯) |
| 同定の根拠 | 辞書で同定 |
| 言及 | 14 件(5 件の資料) |
省都は佳木斯。初期の武装移民(弥栄・千振)の入植地を含む。
関係
| 関係 | 相手 | 期間 | 根拠 |
|---|---|---|---|
| 上位の組織 | 満洲国 | 辞書による参考情報・編纂物(出どころ 0) | |
| 存続した時代 | {"from":"1934-12-01","to":"1945-08-18","period_confidence":"approx"} | 1934-12-01〜1945-08-18 | 辞書による参考情報・編纂物(出どころ 0) |
| 駐屯地(逆向き) | 関東軍 | 1つの史料の主張・同時代の一次史料(出どころ 1) | |
| 上位の組織(逆向き) | 弥栄村(第一次開拓団の入植地) | 辞書による参考情報・編纂物(出どころ 0) | |
| 事件の場所(逆向き) | 満蒙開拓(満洲への農業移民) | 独立した複数の出どころ・同時代の一次史料(出どころ 3) | |
| 上位の組織(逆向き) | 千振郷(第二次開拓団の入植地) | 辞書による参考情報・編纂物(出どころ 0) |
言及している史料の箇所
- 第24回国会 衆議院 海外同胞引揚及び遺家族援護に関する調査特別委員会 第3号 発言4(吉崎千秋参考人)
「ども、北辺の防衛拠点、東安省でありますとか、三江省でありますとか、興安北省でありますとか、間島」 - 引揚者在外事実調査票 三江省開拓団 長野 1/2
「件名: 引揚者在外事実調査票 三江省開拓団 長野 1/2」 - 満洲開拓民概要(開拓資料 第2輯)(コマ5)
「み、同年十月特別農業開拓民四百九十三名を北滿三江省永豐鎭に入植せしめたるを初めとし、爾後第二次」 - 満洲開拓民概要(開拓資料 第2輯)(コマ12)
「-入植數昭和七年十月初めて第一次開拓團を北滿三江省の地に入植せしめてより本年は十年目に當り、旣」 - 満洲開拓民概要(開拓資料 第2輯)(コマ13)
「味肥沃にして、昭和七年入植せる第一次開北滿の三江省·東安省·、開拓事業の進展に伴つ地價低廉、人」 - 満洲開拓民概要(開拓資料 第2輯)(コマ15)
「積が附加せられることになつてゐる。一開拓團又三江省千振街に千振開拓農學校が開設さ- 23」 - 満洲農業移民の現況(コマ7)
「行ふと同時に、第一次移民五百名を昭和七年十月三江省樺川縣永豐鎮に、次で翌八年第二次五百名を其の」 - 満洲農業移民の現況(コマ18)
「は訓練所に入る。口、入植豫定地北滿の濱江省、三江省、其他。ハ、先遣隊の入植現地訓練を終つた先遣」 - 満洲農業移民の現況(コマ19)
「のこと。七、移住地の〓况第一次移民は昭和七年三江省樺川縣永豐鎭に四九三戶、第二次同八年三江省依」 - 満洲農業移民の現況(コマ19)
「年三江省樺川縣永豐鎭に四九三戶、第二次同八年三江省依蘭縣湖南營に四九四戶、第三次同九年濱江省綏」 - 満洲農業移民の現況(コマ22)
「公司が最初の移住者だと云ふことである。位置は三江省依蘭の東方約廿邦里、佳木斯の東南二十二邦里の」 - 満洲農業移民の現況(コマ29)
「も其の蕃殖並育成の成績が頗る良い。特に濱江、三江省等の移民地は羊に對しては處女地であり、病毒等」
ほか 2 件。